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神の欠け算(かけざん)

このところ月〜土まで仕事がみっちり、残りは家事、のルーティンで鬱々。日曜のおでかけが気晴らしです。来週は休みが多いのでゆっくりしたいな。

22日の礼拝はカナの婚礼の話。まぁまぁ有名な話です。西野カナの婚礼…ではなく(在日以外の人、わからんだろなー)、カナは地名。その婚礼でワインが足りなくなった。イエスが水をワインに変える、という福音(奇跡)を示した、というおはなし。


キリスト教の礼拝では聖書の一節を元に、人生をどう考えるか、という牧師の説教がされます。「赤毛のアン」シリーズでは礼拝が強く根付いており、礼拝のドタバタや人間模様もよく出てきたりします。牧師によって解釈は違ったり、話し振りも全く違うので、最初に触れた牧師により「礼拝っておもしろい!」か否か分かれてしまうかも。


今私達が通う天満教会の牧師は春名康範牧師。昔漫画家になりたかったそうで、マンガによるキリスト教解説本もたくさん出されています。神学ももちろん相当勉強されているようですが、一般の書籍もたくさん読んでおり、お説教はとてもためになり分かり易い。口調がバリバリ大阪弁で落語の様です。幼稚園の園長も勤められたことがあるようで、ショウも先生がだいすき。


閑話休題。
カナの婚礼を例にとり、「欠けたもの、用意のたりなかったもの、失敗に対し人間はすぐに『しまった』と悩み恨み迷う。でも欠けたところにこそ神の奇跡が宿る」と。

前回の話も同様なのですが(というより私がそう捉えているということなのですが)「どうしようもない時。障碍を得た時。欠けたモノの有る時こそがチャンス!神の愛を信じていれば怖くない!」というメッセージでした。

そういう支えがあると人生、生き易いですよね。でもなかなかその第三者のことを常時信じたり思い出したり頼ったりできないのが人間の弱さ。普通「人に頼るな!」なんて言われますが「大丈夫、信じて」という気持ちの強さも確かに存在します。



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Commented by Dandan at 2012-01-25 21:18 x
カナの婚礼かぁ…久しぶりに聖書のお話しを聞いて、懐かしいデス(^-^) 大阪に来てから教会行ってないもんなぁ。今度のクリスマス礼拝には天満教会お邪魔しよかしら。
Commented by harusho71 at 2012-01-25 23:00
>Dandanさん
そういえばクリスチャンだっけ?
春名センセイお勧めです。クリスマスと言わず、毎日曜やッてますぜ(笑)
Commented by emikotrio at 2012-01-26 04:52
大阪弁っていうのがまた魅力的!欠けたとき、病があるとき、そういう時の自分の心の受け取り方、置き方が大切。本当にチャンスと喜び、感謝できる自分になりたいな〜、なれるのかな〜ではなく、信念でなる!と決意しました。(笑)
Commented by harusho71 at 2012-01-26 07:24
>emikotrioさん
ほんわか系の大阪弁なのよ。説教で「カミサマ〜どないせいっちゅいますねん」とかね。
信念って「自分が強くないと!」と思いがちだけど、それは単なるこだわりであって、捨て身の方がいいのかな、と。神様とか運命とか何かに身を委ねる。そうすると障碍に対し「よっしゃ」と思えやすい。

別の牧師の説教で作家の椎名麟三さんのハナシ。彼は色んな思索をずっと逡巡いしたうえ、最後にキリスト教に落ち着いた。その時友人遠藤周作(ガチガチキリスト教ですね)に言ったコトバ。「これでやっと虚空をつかみながらジタバタして死ねます!」と喜んだそう。つまり「かみさま、怖いよ、怖いよ!」と安心して死ねる、安心して絶望できる、と。

神の愛は親の愛と同一。子どもが成長する時、困っている時、手助けしたり見守ったり。
by harusho71 | 2012-01-25 06:28 | 生活-la vie diverse | Comments(4)